次の日、は職員室に坂内を呼び出した。
昼休みに校内放送で彼を呼ぶと、すぐに後ろから声をかけられる。
声で誰かがわかってしまい途端に振り返る気をなくしたが、表情を取り繕って振り返った。
我ながら、胡散臭い笑顔になっていることだろうと思う。







「何でしょう、松山先生」
「坂内に何の用なんだ?
 授業も請け負ってないし、やつは生徒会の生徒でもないだろう」
「……別に、ただ渡したいものがあるだけです
 松山先生はどういった理由でそういうことをお訊きになるんですか?」
「……昨日の放課後、坂内と話をしたのか」
「……だとしたら?」






松山の顔色が少し悪くなった。
声が少し低く小さくなり、まるで悪いことでもしているようである。







「あいつに何を吹き込まれたかは知らないが、ああいう生徒を甘やかすなよ」
「『ああいう』?」
「ああいう、オカルトだかにかぶれて社会から外れたような奴だ」
「……、お言葉ですがあたしは坂内くんは社会から逸脱してるとは思いません
 ですからそのご忠告は聞けません、申し訳ありません」





近くの扉を、失礼します、という声と共にあける生徒がいた。
それを見とめると、では、と言い残して机のほうに向かう。
松山は怒ったように顔を歪ませてこちらを見ていたが、かかわりあうのも面倒なのでそれには気付かないふりをした。






「、先生?」




遠慮がちに近づいてきて声をかけてきた坂内を見て、笑みを浮かべる。
彼はなぜ呼び出されたのかわかっていないためかやや不安げな顔をしていた。





「坂内くん、あのね、実は渡したいものがあって」
「……なんですか?」
「はい、これ」




教員用の机のわきに置いてあった小さな紙袋を手渡す。
それを不思議そうに受け取ってから、彼はの方をみつめてきた。





「それね、ブックカバーなんだけど、」
「え?」
「ほら昨日修繕ちょっと下手だったから、お詫びに、ね?」




ハードカバーの本を覆えるものとなると意外となく、探し回って漸く見つけたものだった。
それと聞いてか坂内はそんな、と声をあげて返そうとそれを差し出してくる。





「受け取れません! だって、そんな」
「いいの、ね? 受け取ってくれないとあたしの気が済まないから」
「……だって、」
「坂内くん」
「……ごめんなさい、気を遣わせてしまって……」
「あたし坂内くんに謝ってほしくて渡すわけじゃないのよ」






「……ありがとうございます」





顔をあげての目をまっすぐに見た彼は、恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑ってみせた。















それから坂内はちょくちょくのところに顔を出すようになった。
廊下で見かけると必ず挨拶をしてくれたし、担当学年は違ったが授業の質問にも来たりしていた。
自身が親しみやすい先生として有名だったため、担当学年が違うのは大した問題ではないようである。
隣の席の但馬が大層興味深そうに、どんな魔法つかったんですか、と尋ねてくる。
魔法も何も、普通に話しているだけだというと、魔性の女だと笑われた。






「ふざけたこといわないでくださいよ、もう」
「いやいや、さすがだっていってるんですよ」
「褒めてないですよね?」
「褒めてますよ」






そういいながらも但馬はけらけらと笑っている。
どうにも食えないところのある男なので、もとよりは信用する気がない。
もう、とため息をついてみせると、ごめん、と軽い謝罪が返ってきた。















そんなやりとりを交わしてから、数日もたたないうちのことだ。
担当している生徒会に顔を出し、安原と次の行事について打ち合わせをして職員室に帰ろうとしていた時のことである。
廊下の向こうから見知った顔が近づいてくるので声をかけた。
向こうもこちらに気づいて、漸く見つけた、といったのが耳に入る。





「先生
 生徒会室にいたんですね」
「ええ
 どうかした? 坂内くん、何か質問でもあった?」
「あ、いいえ……その、」






どうにも歯切れが悪そうに、彼は視線をそらせた。
首をひねると、あたりを確認して誰もいないことを認めると、あの、と一歩智里に近づく。
その顔は、覚悟を決めたような顔だった。






「先生の隣の席の先生、なんて名前でしたっけ」
「但馬先生? 数学の」
「数学かどうかは知らないけど……先生、その但馬って先生に気をつけて」
「え?」







聞き返すように声を洩らすと、ゆっくりと言い聞かせるようにもう一度繰り返していう。
たじませんせいにきをつけて。
なぜ、と訊く前に坂内はじゃあ、といって逃げるにように去ってしまった。







「坂内くん…?」






去り際の彼の後姿をみて、耳が少し赤いような気がした。











但馬先生に気をつけて、といわれても。
は職員室に戻って自分の席で首を捻った。
同期のよしみで割合仲の良い但馬とはよく話をしているが、気をつけなければならないような人物には思えない。
坂内はと話す時にしか但馬のことを見ないだろうに、何があったのか。






「先生、どうしました?」





小さく唸りながら考え事をしていると、声をかけられた。
はっとして振り返ると、微笑みを浮かべている但馬がいて、あは、と笑ってみせた。
まさか坂内に但馬に気をつけろといわれたなどといえるはずがない。





「但馬先生って、」
「ん?」
「坂内くんのクラス担当してませんよね?」
「2学年担当ですからね」
「ですよ、ね」





坂内は但馬の担当科目を知らなかった。
つまりやはり坂内との接点はほとんどない。
坂内は美術部だというが、但馬は美術部とは関係がないし、おおよそ興味があるようにも見えない。





「坂内がどうかしましたか?」
「あ、いえ別に」





「……接点はないけど、坂内と俺って、ちょっと似てるのかなとかは思いますよ」
「……え?」






低く呟く声音に振り返ると、但馬は内緒話でもするように智里の耳元に顔を近づけて囁く。
一瞬背筋がぞわりと粟立つ感じがしたが、退るのはどうにか堪えた。








「好みが似てるんですよ、あいつとは」









秘め事のように囁く声が、妙に耳に残った。


















「つまり、坂内くんはあなたに懐いていたんですね」
「懐いて……まぁ、言い方は悪いですが、そうなのかもしれませんね」




大体の内容を語り終えると、渋谷が静かにそう尋ねてきた。
懐くというとどうにも動物のようだが、敢えていうのであれば懐いていたのかもしれない。
ほー、と感心したような溜息を滝川がつくと、渋谷は考え込むようにして指を組んだ。




「ちゃんってばいい先生なんだなぁ」
「……いい先生だとは、とても思えないです」




苦笑して見せると、いやいや、と彼は笑いながら首を振った。






「この学校じゃやっぱ珍しいタイプなんだろうな
 生徒に親身というか、そういう風に自主性を重んじるような」
「そう、ですね
 どちらかといえば変わってるほうかもしれません」




そういうもろもろの関係で、よくは「生徒になめられている」といわれる。
自身はそうは思っていないのだが、他の生徒と距離を置いているような人にはそう思われるのかもしれない。
当人が気にしていないので大して取り合っていない。





「さん」
「、はい?」
「坂内くんが自殺する前、あなたに何かアクションを起こしませんでしたか?
 たとえば、相談事を持ちかけるような……」
「…、……いいえ
 あたしは、なかったと思っています、」






なかった、と、思っていたい、が正しいのだろう。
もしかしたら何がしかのアクションを、シグナルをに向けていた可能性はある。
ただ自分はそれに気がつかなった、気づくことが、出来なかった。






「まったく、そんな様子は見えなかったんですか」
「……は、い
 自殺する前日、帰り際に会いましたが別段変わった様子は……」






何度も何度も、最後のあいさつを交わした放課後のことを思い出す。
何か彼からサインがあったのではないかと思って。
どんなに思い返そうとしても、夕暮れに染まった彼の姿は逆光で顔が見えないし、交わした言葉も普段どおり。
そう、思い込んでいるだけなのかもしれないが。







「坂内少年はちゃんに懐いてたにも関わらず、自殺に関しては何も言わなかった、ってことか
 なんか変な感じするな……ナルちゃんはどう思うよ?」
「そうだな、僕も妙だと思う」
「妙、というと?」





が首をかしげると、彼は青い瞳をに向けた。
組まれた指は相変わらずで、口元を覆い隠していて表情は読みづらい。






「たとえ他の誰にも言えないことでも、彼はさんにならいっていた可能性が高い
 坂内くんにとってあなたはこの学校で唯一の『頼れる大人』だったはずなんだ
 それなのに、彼はあなたになにもいわなかった、これは不思議なことだとさん自身は思いませんか?」







「…、……思い、ません」
「それは、どうして」





問いただされているような気がして、視線をそらす。
膝の上におかれていた手を握りしめた。






「あたしは、渋谷さんたちが思うほど坂内くんに頼られていたようには思えないんです
 相談してほしかった、でも、してくれなかった
 それはそれまでの彼とのあたしの接し方に問題があったからでしょう」
「……、そう、ですか」
「あたしは坂内くんの味方にはなりきれなかったんです
 『僕は犬ではない』
 遺書を見せてもらったとき、自分の無力さが本当に腹立たしくて仕方なかった」







もっときちんと彼と向き合えていれば、あるいは違う道があったのかもしれない。
彼を問題児だと思ったことは一度もなかった。
彼を、生徒を犬のように飼い慣らそうだなんて思っていない。
それでも、彼は、そう思ってしまった。
自分にはその考えを取り払ってあげられるだけの力がなかった。






「あたし、いい先生なんかじゃないんです」







だって彼のSOSさえ、未だに気づかなかったつもりでいる。
彼の支えになんか、到底なれなかった。









いいせんせいなんかじゃ、ないんです。









もう一度繰り返すと、渋谷はゆっくりと目を伏せた。














††あとがきという名の懺悔†† SKTT(スーパーキモい但馬タイム)!!!! ハードカバーのブックカバーなんてこの世に存在しないと思ってはいるんですが・・・ あるの? ・・・たぶんないよね、うん、作るかなんかしないと とりあえずそんな感じで、主人公と坂内くんは関わりを持ってました 但馬先生の行動とかがちょっと気持ち悪くて書いてて楽しいですw  
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